自己嫌悪の克服方法
- 4 分で読めます - 1925 文字自分のこと, 嫌いですか?
世の中で生きていて, 自分のことを好きだと胸を張って言える人はなかなかいないと思います.
かくいう私も, 信仰を持ち, 真の愛の恵みを正しく受けるようになる前までは, 自分のことが本当に嫌いでたまりませんでした. 小学生の頃は, 親に厳しく叱られる度に"どーせ僕なんてただのダメ人間ですよ~" だなんて卑屈に思っていじけながら過ごしていた記憶があります(笑).
私の両親は非常に教育熱心で, 私に毎週毎週極めて綿密な勉強計画を立てて, 私が精密にその計画に従うように指導するようなタイプでした. そのお陰で学校ではいつもいつも良い成績を取れていたのですが, それでも自分のことは好きになれませんでした.
学校のテストでは毎回学年一番で, むしろ一番じゃないと何時間も問い詰められたりするほどでしたが, 何回一番を取っても別に虚しく, 満たされず, 心が苦しいのです. それどころか, いい成績を取ろうと自分の為に努力すればするほど, いつ自分は良い成績が取れなくなるんだろう という心配が無くならなくなったり, 他人を蹴落とし, 自分が一番であり続けようとしているうちに, 日毎に自分の人格だったり, 性格だったりが醜くなることを感じ, 外面的には満たされているようで, 実のところ, 満たされずにいました. 持っているようで, 何も持っていなかったのです.
そんな満たされない私の卑屈さや心の醜さは小学校, 中学校, 高校と時間を経るに連れて増して行き, 高校生の頃には本当に自分のことが嫌いになっていました.
満たされない気持ちを何とか満たそうと異性を追い求め, その結果当時恋人がいたのですが, その恋人と性的な関係を持ってからというもの, 何をやってもうまくいかず, 心が常にしんどく, 頭の中は混乱に満たされ, 自分がどう生きていけばいいのか, 理解したくても理解できずにいたからでした.
後で振り返ってみると, 私は異性の罪というものを犯していたから, 私の運命がどんどん悪くなり, 虚無に満たされ, 何にも手がつかなくなっていったのだと理解するようになりました.
RAPT有料記事118(2016年11月7日)異性の罪について、または主に使われる祝福について。
信仰による祝福, そして自己嫌悪の克服
しかし, 高校生活も終わりになる頃, 私はRAPTブログ有料記事に出会いました. そこには, どのようにして本当の愛を受けられるのか, どのようにして本当に心満たされて生きられるのか, そしてどのようにして自分の傾いた運命を回復させて生きられるのかがはっきりと記されていました.
RAPT有料記事128(2016年12月12日)豊かに聖霊を受けるための基本的な信仰の4つの柱。
RAPT有料記事341(2019年1月5日)霊肉ともに実力を身につけた者だけが、これからこの世に襲いかかる主の裁きと艱難苦難を乗り切ることができるだろう。
自分の内には肉体と対をなす霊体が存在することを理解し, その霊体は真に存在しておられる神様を愛することで恵みを受けて成長し, その過程で霊が満たされることにより, 自己嫌悪が自然と消えていくことを知りました.
RAPT有料記事319(2018年10月13日)霊的に汚れて霊的に苦しむ人は自分のことが嫌になり、霊的に清めて霊的な恵みに満たされた人は自分のことが好きになり、人生を有意義なものにしていく。
そして, 御言葉に従い, その祝福として愛の本体である聖霊を受け, 自分の霊体が恵みを受けることで, 本当に自分を嫌う気持ちが消えていったのです. 今では, 自分が嫌いという気持ちに陥ること自体がありえません. なぜなら, 天地万物の創造主である方がおられ, その方が人類を愛して, 人類を大きな愛で包み込んでくださっていることを感じながら生きられるようになったからです. 愛を受けて, どうして自己嫌悪することがあるでしょう?
私がどんなに名誉を受けても, どんなに恋人を作っても決して満たされなかったのは, そして自分のことが好きになれなかったのは, この神様の愛を受けずに生きていたからだったのです. この愛を受けた人は誰でも再び愛に飢え渇くことはありません. この神様の愛, 御言葉に従うことで受けられるこの愛こそが, 私を本当に満たしてくれる愛なのです.
イエスは答えて言われた. 「この水を飲む者はだれでもまた渇く. しかし, わたしが与える水を飲むものは決して渇かない. わたしが与える水はその人の内で泉となり, 永遠の命に至る水が湧き出る.」
– ヨハネによる福音書 4:13-14
どうか, 一人でも多くの方が, RAPTブログ有料記事の教えに従い, 神様から来る本当の愛を受けることで, 自己嫌悪を真に克服し, 幸福を得て生きることを願っています.