目先の利益でなく, 御心を追い求める
- 4 分で読めます - 1773 文字それから, 弟子たちに言われた.
「わたしについて来たい者は, 自分を捨て, 自分の十字架を背負って, わたしに従いなさい.
自分の命を救いたいと思う者は, それを失うが, わたしのために命を失う者は, それを得る.
マタイによる福音書 16:24-25
自分のために生きるのをやめてこそ
この世の中では, 自分の為に生きるということが当たり前です. 人々は自分の儲けの為に際限なく労苦し, 自分の繁栄の為にあくせく計画し, 行動します.
しかし, 実のところ, 自分のために生きるという生き方は, 不安心配が尽きず, 喜びもなく, ただ苦しい生き方であるに過ぎません. その苦しみは世の人々にとってはもやは当たり前のようであるのですが, そもそも本来, 人間が苦しみながら生きるということ自体, 決して当たり前ではないのです.
そして, わたしたち, raptブログ有料記事でのRAPT さんの教えに従い, 確かに実在しておられる私たちの神, 主から真理と愛とを受けて生きる者たちには, 実際にこの世の人々が感じるような焦燥感や, 苦しみというものがなく, 例えそのような苦しみが生じたとしても, 自分の生き様が間違っているとすぐに気がつき, 修正することができます. なぜなら, 私たちは, 私たちの神, 主の御為に, 主の願っていらっしゃることを成し遂げるためだけに生きていれば, 私たちの人生の面倒を全て見ていただけるとRAPTさんから教えられ, また私たちもそうであると経験的に理解しているからです.
世の中がどのように冷え込み, 経済がどのように冷え込んだとしても, 私たちは自分のために富を積むようなことはせず, ただひたすら, 私たちを愛して救ってくださった主なる神様の御為に, その方の願いを叶えて差し上げることだけを考えて労苦すれば良いのです.
そうすると, 主は私たちの生活のあらゆる面倒を見てくださり, 私たちが何かを得ようとあくせくすることが全くなかったようなものをも, 豊かに得させてくださるのです.
私自身を例に取りましょう. 私は今, いわゆる新卒で, とある小さなソフトウェア会社にお世話になっています. この会社に私は就活をして入ったというわけではなく, むしろ就活を一秒もせずに入ったのです. 私は学生時代も, ただ主の願っていらっしゃることをしようと, すなわち, 天の文化芸術を成して, 大勢の人々を救いへと導こうと努力しもがいていただけでした.
自分に対してあまりにも無頓着で, 自分の将来に対しても無頓着で, 金銭を稼ごうと, ことさらあくせくしたこともありませんでした. そのように, 世の中的に見れば全く好ましくない, 自分にあまりにも無頓着すぎる生き方をしていたにも かかわらず, その会社に導かれるようにして入社してからというもの, 一日3~4時間集中して仕事すれば良い上に, 信仰をきちんと守りつつ, 以前までのように主なる神様の御心のために努力する為の時間も環境もお金も 十分に与えられるようになったのです. 私が主の御為にと思って個人的に伸ばしていた能力がその会社の社長の目にも止まり, 私は会社でも重宝されながら, 人よりも多くの報酬をもらい, その上で同年代の人間より圧倒的に自由に, 信仰の為の時間をたくさん投資して生きることができています.
このように, 私たちが何かを豊かに得ようとあくせくせずとも, ただ主なる神様を第一にして生きるならば, 残りの全ての面倒を神様が見てくださるのです.
従って, 私たちがすべきことは, raptブログ有料記事でのRAPT さんの教えに従い, ただ神様の願い, すなわち, 人類の救いと悪人の滅びのために, 全力を尽くして労苦することだけなのです. 恐れてはなりません. 信じるならば, その通りになります. どうか, あなたもまた, 私たちと共に, 真に全てにおいて豊かに満ち足りて生きられるような人生を歩めますように.