祝福に追いかけられる人生
- 5 分で読めます - 2195 文字主を愛する人に追い縋る幸福
私たち, raptブログ有料記事 におけるRAPTさんの教えに従って日々天地万物の創造主を心と思いと精神を尽くして愛そうと もがく民は, 自分の生活のことであれこれ思い悩んだり, 生活を守ろうとあれこれ策を練ったり, ただ日々の平穏な生活を守ろうとあくせく努力するようなことは一切しません.
2023年12月7日(木) 神様を第一に愛して生きるなら、神様があなたの生活を守ってくださる。あなたが生活を守ることを第一にして生きるから、かえって生活が守れないのだ。(神様のために働かないから、いつまで経っても神の力を体験できず、サタンに勝利できるわけがないと思って世の生活に流されていく。)
代わりに, 日々神様から与えられた御言葉に完璧に従えるようにともがき, 自分の内から一切の罪を無くそうともがき, 神様の願っていらっしゃること, すなわち, 全人類が神様と愛の関係を持つようになり, かつその実現を妨げようとする全ての悪が滅ぼされること を自分もまた願い, そしてその願いを実現するために自分に今できることを全力で完璧に行えるようにもがき, 労苦し, 努力しているうちに, いつの間にか私たちの生活はいつの間にか守られ, むしろ人よりも豊かに生きられるようになり, 人よりも軽い軛を背負って生きらられるようになっているのです.
聖書の中で, イエス様が思い悩むなと語っておられる場面があります.
だから, 「何を食べようか」, 「何を飲もうか」, 「何を着ようか」と言って, 思い悩むな. それはみな, 異邦人が切に願い求めているものだ. あなたがたの天の父は, これらのものがみな, あなたがたに必要なことをご存じである. 何よりもまず, 神の国と神の義を求めなさい. そうすれば, これらのものはみな加えて与えられる.
マタイによる福音書 6:31-33
神の国と神の義を追い求めるとは, 主なる神様を愛して, 主の願っていらっしゃることをなそうともがくこと, すなわち, 人類の救いと悪人の滅びの為に働くことを言います.
RAPT有料記事625(2022年1月31日)自分のために生きる人は人生が重荷となり、不安と心配と悩みが尽きないが、神様のために生きる人は常に喜びと希望に満たされ、自分の願いも全て叶えられる。
極めて逆説的に聞こえる話ですが, 自分の生活を守ろうとあくせく策を練って労苦することを一切やめて, ただ神様の願っていらっしゃることを最優先で 叶えて差し上げようともがく時, 私たちは不思議と自分の生活も守られて, 生きられるようになるのです.
わたしもまた, 神様の願っていらっしゃる世界を作ろうともがき, 労苦することを第一に考え, お金を稼ぐことにも, 人生設計をすることにも, また自分にご褒美を与えることにも無頓着な人生を生き, ただ日々神様の御目に適う水準で働けるようにともがくうちに, いつの間にか世の中の人々よりも良い待遇の仕事をもらい, 続けて神様の為に懸命に働き続けられるような環境をもらい, 御言葉に従って得た個性才能によって世の中の人々からも尊敬されながら, 日々生活のさまざまな機会に他の人が体験しないような恵みを受けて暮らしています.
おそらく, 私の年齢で, 私のように様々な物事に恵まれて生きられている人はそうはいないのではないか?と勝手に思ってしまう程です. しかし, 私は同年代の人よりも様々な良いものをもらって生きているにも関わらず, 私自身それらのものを得るために一ミリたりとも労苦していないのです. 就活すら, 一秒たりともしていません. しかし, 私は世の人々よりもずっと自由に働ける仕事, それも御言葉に従って伸ばしていた個性才能を活かせるような仕事をいつの間にかもらい, それによって信仰生活に思いっきり時間を投資しながらお金を稼いで生きられています.
私自身, 神の国と神の義を第一に求める, すなわち神様を愛して神様の願いを叶えて差し上げることを第一優先にして生きることで, 人生をむしろ人より豊かに生きられるということの生き証人です. 私は, RAPTさんのこの教えが正しいことを知っています. 神様の願いを追い求める人には, 祝福がついて回るのです. 神様がそのような人を幸せにしようと思い定めてくださるからです.
まるで, 雲の隙間から太陽が覗き, その光が地上をなぞって私たちの上に照り輝くように, 神様を愛すること, 神様の願いを叶えて差し上げようとすることを第一優先に生きるならば, 祝福がその人を追いかけてくるのです.
この混沌極まる時代に, 人生の重荷を捨て, 軽い軛を背負って生きる方法は, ただこのRAPTさんの御言葉 に従う道だけです. 私たちは, 世にあって不足に苦しむ全ての人々が, 神様を愛し, それによって神様に愛されて, 不足なく満たされて生きられるようになることを願っております.