尽きることのない感謝
- 4 分で読めます - 2003 文字人の限界と幸福に必要な多くのもの
皆様が心からの感謝の気持ちを最後に抱いたのは,いつのことでしょうか? 誰か,人から多くのことをしてもらい,そのお陰で自分に大きな益がもたらされ, 溢れんばかりの感謝を捧げた経験を最後にしたのは, いつのことでしょうか?
この世の中で生きていれば,自分が他人を助ける機会もあれば,他人が自分を助けてくれる機会もあるでしょう. しかし,たとえ人から何かをしてもらったとしても,感謝の気持ちが心から溢れ出るほどの, それこそ,涙を流して感謝できるほどのことをしてもらえたという人は,おそらくはいないはずです.
何故なら,人は自分が弱いように他人も弱いもので,人が他人にしてあげられる助けというのは, ある意味悲劇的な限界と言っていいほどの限界があるからです.人は,他人を真に持続的に幸福にしてあげることも, 他人が必要なものをいつも欠かさず満たしてあげることも,真に正しい愛で他人をいつも満たしてあげることも, 何一つとして満足に行うことはできないのです.これらのことは,人間がこの地上で幸福に生きていく上で, 誰もが欠かしてはならない要素であるにも関わらず…
人一人が地上で幸福に生きるためには,本当に多くのものが必要です.お金さえあれば満足ではあり得ず, かといって心だけが満たされていても,腹が満たされていなければ苦しいものです. そして,心も腹も満たされて初めて,人は感謝の念を持てるようになるのだと思います. この世で生きる人々が感謝に不足することがあるとすれば,それは,心か腹か,あるいはその両方が十分に満たされていないことが, その原因ではないのでしょうか.
感謝溢れる人生を生きるには
しかし,実のところ,私たち, RAPTさんの教えに従って, 確かに実在しておられる天地万物の創造主である方を正しい認識に基づいて礼拝し, 心と思いと精神を尽くして愛そうと日々もがく者たちは, 人間がこの地上で幸福に暮らす上で必要な真の愛も,実際に生活を営む上で必要な全てのものにも不足なく満たされ, 溢れんばかりの感謝を捧げて生きています.
RAPT有料記事104(2016年9月19日)祈りと御言葉と感謝はワンセットだ。
私たちは,生きる上で不足を感じるということがありません.むしろ,主は不足を感じるなら祈りなさいとまで, 私たちに仰ってくださっています.
無論,私たちが自分の欲望のままに赴いて生きて良いというわけではありませんが, RAPTさんの教えに従って神様を愛することで日々心が満たされ,まず心が満たされることで,富や名誉や異性といった世の中のものを追い求めようという気持ちが 私たちの心の中から消え失せ,それによって,余計なお金や余計な労苦を生きる上で費やすこともなく,ただ,私たちを愛して, 救ってくださった方の為にもがいて生き,それによって,日々愛を受け,恵みを受け,力を受けるという幸福な人生を生きるようになるのです.
RAPT有料記事551(2021年4月12日)主を一筋の心で愛すれば、主がその人に必要なもの、その人の求めるもの全てを与えてくださるから、ただ主を愛するという一事に専念しなさい。
のみならず,私たちの心には,いつも天地万物の創造主である方が唯一お持ちである本物の愛,人間が心の底から求めて止まない愛が, 聖霊を通じて高い天から私たちの上に注がれ,その愛によって喜びと希望の絶えることがない為,ますます感謝に尽きることがありません.
RAPT有料記事128(2016年12月12日)豊かに聖霊を受けるための基本的な信仰の4つの柱。
ついに,我々の上に霊が高い天から注がれる.
荒れ野は園となり 園は森と見なされる.
そのとき,荒れ野に公平が宿り 園に正義が住まう.
正義が造り出すものは平和であり
正義が生み出すものは とこしえに安らかな平和である.
イザヤ書 32:15-17
そうです,私たちは,RAPTさんの教えに従って,神様を正しく愛することで,心も腹も,神様に満たしていただくという生を生きているのです. それ故,もはや私たちは自分で自分を満たそうとする必要がなく,ただ,私たちを愛して救ってくださった方への感謝に溢れて, 神様に恩返しをしようと日々もがく,愛の内に生きる日々を送っているのです.
私たちが享受するこの心の平安,喜び,希望,感謝こそ,天地万物の創造主が確かに存在しておられ,そのあるという方が, 私たちの幸福の為に御言葉を宣布してくださっているということの確かな証拠です.
皆様が,私たちと共に,主の御許にあって,心も腹も満たしていただく人生を生きられるようにと願っております.