感謝,足りてますか?
- 5 分で読めます - 2437 文字喜び溢れる簡単な方法
私たちが生きているのは,私たちだけの力によるものではありません. 特に,私たち,RAPTさんの述べ伝えておられる,天地万物の創造主がこの時代に新たに宣布なさり, 全ての人類をそのあらゆる人生の苦悩から解き放つ知恵の御言葉 に聞き従い,日々様々な恵みと愛と力を受け,人格も磨かれ,生活に事欠くこともなく生きることのできている民は, なおのこと感謝に尽きることがありません.
勿論,この喜びと感謝は決して私たちだけのものというわけではなく,私たちと同じようにRAPTさんの教えに聞き従って 天地万物の創造主,私たちの神,主を愛そうともがく全ての人の心のうちに自然と溢れ出るものですが, 殊,私は,信仰を持って感謝をよくするようになってからというもの,自分に益を与えてくださった全ての方々, 特に私の人生から絶望を全て取り除いてくださった私の神,主に感謝することの大切さを学ぶようになりました.
RAPT有料記事104(2016年9月19日)祈りと御言葉と感謝はワンセットだ。
つい最近のことです.私は普段実家からリモートで仕事をしていますが,東京にも家を持っています. その家に新卒として働き出す妹が数ヶ月滞在し,彼女のリモートワークが始まるまでの東京での拠点として使わせて欲しいと, 妹からお願いされました.
私としては,普段あまり使っておらず,妹が色々家具を持ち運んでくれれば暮らしやすくもなるだろうと考え, 喜んで家を貸し出してあげました.その上,彼女がちゃんと働き出すのはこれが初めてであった為, 少しでも負担を軽くしてあげようと,彼女の滞在する間の光熱費水道代を私が払ってあげることにしました.
すると,最初のうちは彼女は喜んで,様々な家具を私の東京の家に運び入れ,喜んで住んでいたのですが, その後段々と,まるでその家を彼女自身が自分の力で手に入れたかのように振る舞い出すことがあったのです.
私が東京に用事のある時,家を使わせて欲しいと言ったらダダをコネ出したり,彼女がその家から出かけている間に 私が帰宅しようとしたら文句を言い出したり,はたまた,彼女の友達を私の東京の家に連れてきたいから,その間は 開けておいてほしいと一方的に申し出たりと,わがままな態度が目立つようになりました…
私は彼女が少しの間でも暮らしやすくなるようにと,本来なら自分で物件を見つけ,自分で家賃を払い, 自分で光熱費水道代を払わねばならない所を私が代わりにそれらのものを提供してあげたのに, 彼女は私に対してあまり感謝の気持ちを持つことなく,むしろ与えられて当然であるかのように振る舞い, 私に様々な要求をしてきたのでした.
流石の私も見かねて,彼女に注意をしたところ,彼女は自分が少しわがまますぎたことに気づいたようでしたが, そんな妹の様子を見て,私たち人間も,天地万物の創造主の御前で,このように振る舞ってしまっていないだろうかと, 考えを巡らせるようになりました.
主は,RAPTさんを通じて,絶えず感謝しなさいと再三再四仰っておられます.
2024年2月1日(木) サタンからどんなに攻撃されて痛めつけられても、神様からどれほど愛されてきたかを絶えず思い起こして感謝し、神様に恩返しする者となりなさい。(サタンが私たちを攻撃してくるのは、私たちが幸福を感じて生きているのを見て嫉妬しているからだ。)
2024年2月2日(金) 神様が私たちに求めているのは、感謝から来る愛だ。神様は感謝する人を見て最も喜ばれる。そして、その人に惜しみなく与え、その人をサタンから守り、艱難苦難から助け出し、その人のすべての願いを叶えられる。
2024年2月3日(土) 今年から聖霊の歴史が始まると主は約束してくださったが、感謝と賛美を捧げる者に神様が豊かに聖霊を降り注いでくださる。そして、聖霊に満たされてこそ霊魂が清められ、霊魂の清められた者の祈りが強力に叶えられる。(感謝する者の祈りは強力に叶えられ、感謝しない者の祈りは叶えられない。)
2024年2月4日(日) 神様は、ご自身がしてあげたことを忘れることなく、絶えずそれらを思い起こして感謝を捧げる人を、誰よりも尊んで愛し、大事に育てられる。神様のその深い心情を悟りなさい。(感謝の絶えない人がサタンに勝利した人であり、千年王国に入る資格のある人だ。)
天地万物の創造主である主は,例え人類がご自分に見向きもしなかったとしても,人類が生存するために最低限必要なものを, 毎日与えてくださっています.ましてや,信仰を持って生きるようになれば,信仰生活に必要な全てのものを,主は豊かにくださります.
RAPT有料記事551(2021年4月12日)主を一筋の心で愛すれば、主がその人に必要なもの、その人の求めるもの全てを与えてくださるから、ただ主を愛するという一事に専念しなさい。
しかし,私たちがそれらの与えられたものに対して十分に感謝を捧げないとき,主ご自身もまた, 人間に様々な恵みを施したことを後悔してしまわれるのです.
私もまた,一時期は妹に家を与え,光熱費や水道代を払ってやると決めたことを後悔したこともありましたが, 今は彼女自身が反省し,私に感謝を伝えてくれるようになったので,今となってはそのようには思ってはいません. しかし,もし彼女があのまま我が物顔で私の与えてあげたものを当然のように受け取っていたならば, 私は妹によくしてあげたことを心底後悔していたことでしょう.
私は自分が別に神様のようであると主張するつもりは一ミリたりともございませんが, 主は私自身の経験を通じて,感謝することの大切さを改めて私に知らせてくださり,悟らせてくださったのだと理解しています.
私たちもまた,私たちを生かす秩序が存在していることは決して偶然ではなく,造り手である方が存在しておられることを十全に理解した上で, 感謝を豊かに捧げて生きようではありませんか!