欲望を有益に使うには
- 5 分で読めます - 2326 文字欲望は誰にでもあるもの
人間の活動は,欲望がその動機の根底にあると言っても過言ではないと私は思います. 食べたい,飲みたい,寝たいというのはその最たるものですし, そのような基本的な欲求でなくとも,今自分が置かれている環境や,今の自分の能力レベルを見て不満に思い, それらを改善したいという欲求が生じてそれに従って行動を起こすという高次な活動も, 言ってしまえば欲望からくる行動であるわけです.
今自分の置かれている状況に不満を感じ,それを改善したいと望んで行動すること, そのような欲望それ自体は人間の様々な活動の動機であり,従って欲望無くして私たちは生活を改善することも, 自分自身の欠点を治すことも,はたまた社会を営むこともできなくなってしまうはずです.
ところが,この欲望の使い方を間違えると,私たちはいとも簡単に自分の人生を破滅させてしまう事ができます. ギャンブルに手を染めて,荒稼ぎをする事への欲望を抑えられなくなって借金漬けになってしまったり, 風俗に溺れて心身ともに完膚なきまでに打ちのめされ,食べるだけで精一杯の人に成り下がってしまったり, 自分の欲するものを手に入れたいのに手に入れられず,盗みや殺しを働いてしまったりして人生を破滅させてしまった人々の逸話は枚挙にいとまがありません.
このような人々は自分の欲望を制御する事ができずに人生を破滅させてしまったわけですが, では,私たちがこのように失敗しないために,私たちは自分のうちに確かに存在している欲望をどのように制御し, また有益に使えば良いでしょうか?
主を愛するために有益に使う
RAPTさんは,私たち人間が真に幸福に生きる方法,すなわち確かに存在しておられる私たちの神,主を愛し, それによって主に愛されて生きる方法を私たちに教えてくださっていますが,
その中で,欲望をいかにして制御し,また有効活用するかについて教えてくださっている箇所があります.
RAPT有料記事349(2019年2月4日)祈りは私たち人間が正しい欲望を持つように導き、その欲望を満たす力を与えてくれるものだ。
RAPT有料記事726(2023年3月6日)男は欲望に引きずられて身を滅ぼし、女は感情に引きずられて身を滅ぼす。感情や欲望に溺れることなく、むしろそれらを制し、神のために有益に使う術を学びなさい。
私たちが欲望を正しく用いて自分を発展させるために必要なこと,それは,私たちが自分の為に欲望を用いるのではなく, 私たちをこの世の誰よりも愛してくださる,私たちの神,主の益となるように使うことを意識し,実践することです.
私たちの内に存在している様々の欲望は,元々は私たちの神,主が私たちの内に植えてくださったものです. それは,私たちがこの欲望を動機に自分自身や自分の周りの状況を良い方向に変えて,人生を発展させて神と人とに有益な生き方をするためだと, 私はそう理解しています.
しかし,私たち人間が本来ならば神様を愛して,神様のために自分の欲望を制御し,神様の益となるように自分の欲望を有効活用して, 自分や自分の周りの状況を良い方向に変えようとして生きていれば人生に問題が生じなかったのに, 人間が神様を愛し,それによって神様から愛されるという素晴らしい生き方を知らずに生きてしまうと,自分の内に生じた欲望を自分の為だけに活用してしまおうとしてしまうのです. これが,欲望を満たすことを追い求めて人生を破滅させてしまう人々の有り様なのです.
すなわち,私たちが自分の内に欲望の生じたことを認めるとき,その欲望を神様の益となるように使うにはどうすれば良いかと考え,祈り,御言葉を学び, 実践することを習い覚えるならば,私たちは決して自分の欲望に引きずられて無益な人生を生きてしまうことはせず,逆に気力に満たされて日々を生き, 一日の内に多くの進捗を生み,人生を発展させる事ができるのです.
例えば,ある日,自分の内にふとしたことから情欲が生じたとしましょう.
神様を知らずに生きるならば,そのまま情欲を満たすためにネットポルノを漁ったり,自慰行為に耽ったり, 挙句の果てには風俗通いや痴漢のような犯罪行為にまでエスカレートしてしまうことすらあるかもしれません. 自分の為に自分の欲望を満たす生き方しか知らなければ,多かれ少なかれそのようになってしまうでしょう. そして,自分の時間も気力もお金も人生も無駄にしてしまうのです.
ところが,RAPTさんに従って神様の愛を受け,神様と愛の関係を持って,神様の有益となるように日々を生きようとしているならば, 自分のうちにふとしたことから情欲が生じたときに全く異なる対応を取る事ができるようになります.
まず,情欲を満たすために生きる事が私たちを愛してくださる神様の心情に適わない生き方であることを思い起こして冷静になれますし, その上静かに神様に祈り求めることで心の平安を得る事ができますし, さらには,自分の内に生じたこの情欲は,主が私たちの内に宿してくださった力の表れであり,私たちはこの頂いた力を自分の欲望を満たす為に用いるのではなく, 私たちを愛してくださる主の御心に適うことを,力を尽くして行うために費やすのだと決心して, 自分のなすべきことを前向きに為せるようになるのです.
これは情欲という数多ある欲望のほんの一例ですが,このように,私たち,RAPTさんに教えられて神様を愛することを学んだ民は, 自分の欲望を真に有益に用いる為の知恵を授かって生きる事ができるのです. 自分の欲望から解放された人生は本当に自由です.この自由からくる幸福をみなさんにもぜひ味わっていただきたいと,私たちはそう願っております.